| 恵まれた学習環境を提供し、一人ひとりの能力を適した方向に進むことができるような柔軟な体制で指導を行っています。 | ![]() |
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平成19年度〜21年度(3年間)
- 岐阜大
- 埼玉大
- 信州大
- 千葉大
- 筑波大
- 電気通信大
- 東京外国語大
- 東京海洋大
- 名古屋大
- 奈良女子大
- 一橋大
- 山梨大
- 国際教養大
- 首都大
- 都留文科大
- 青山学院大
- 亜細亜大
- 桜美林大
- 大妻女子大
- 神奈川大
- 関西学院大
- 関西大
- 北里大
- 京都学園大
- 京都女子大
- 共立女子大
- 杏林大
- 国立音大
- 敬愛大
- 慶応義塾大
- 健康科学大
- 国際基督教大
- 国士舘大
- 駒沢女子大
- 静岡産業大
- 実践女子大
- 芝浦工業大
- 城西大
- 上智大
- 昭和音大
- 昭和大
- 昭和薬科大
- 白百合女子大
- 水産大
- 椙山女学園大
- 駿河台大
- 聖路加看護大
- 専修大
- 大東文化大
- 高崎健康福祉大
- 拓殖大
- 玉川大
- 千葉工業大
- 千葉商科大
- 中央大
- 津田塾大
- 帝京科学大
- 帝京大
- 帝京平成大
- 田園調布大
- 電気通信大
- 桐蔭横浜大
- 東海大
- 東京医療保健大
- 東京家政大
- 東京経済大
- 東京純心女子大
- 東京女子大
- 東京女子体育大
- 東京農業大
- 東京福祉大
- 東京薬科大
- 東京理科大
- 同志社大
- 独協医科大
- 尚美学園大
- 日本女子大
- 日本大
- 日本薬科大
- 浜松大
- フェリス女子大
- 文京学院大
- 文教大
- 別府大
- 法政大
- 星薬科大
- 身延山大
- 明星大
- 武蔵野大
- 明治学院大
- 明治大
- 明治薬科大
- ものつくり大
- 山梨英和大
- 山梨学院大
- 横浜薬科大
- 立教大
- 立正大
- 立命館大
- 龍谷大
- 早稲田大
- 防衛大
- 防衛医科大など
- 小田原女子短期大
- 亜細亜短期大
- 淑徳短期大
- 和泉短期大
- 昭和音楽大学
- 昭和短期大学部
- 大月短期大
- 秋草短期大など
- アイエステティック専門学校
- アミューズメントメディア総合学院
- 大原学園
- 音楽学校メーザー・ハウス
- 甲府医療秘書専門学校
- 中央調理製菓専門学校
- 帝京福祉専門学校
- 都留高等技術専門学校
- 東京栄養食糧専門学校
- 東京工学院専門学校
- 東京コミュニケーションアート専門学校
- 東京ビューティーアート専門学校
- 東京ベルエポック製菓専門学校
- 東京モード学園
- 都立荏原看護専門学校
- 日本工学院専門学校
- 日本書道専門学校
- 日本動物21専門学校
- 八王子工学院専門学校
- ホスピタリティツーリズム専門学校
- 武蔵野調理専門学校
- 町田福祉専門学校
- 山梨県歯科衛生専門学校
- 山野美容専門学校
- 読売専門学校
- BLEA専門学校など
- 天野電子株式会社
- (株)一水工業
- (株)井上塗装
- (株)大池ホテル
- (株)加藤電器製作所
- (株)河口湖カントリークラブ
- (株)河口湖第一ホテル
- (株)湖山亭うぶや
- (株)シチズン電子
- (株)成和
- (株)セルバ
- (株)都留カントリークラブ
- (株)豊田
- (株)富士レークホテル
- (株)鳴沢ゴルフ倶楽部
- (株)湯山製作所
- (株)ラピーヌ
- (株)ユニテック
- 甲州リハビリテーション病院
- 小松会病院
- 佐川急便
- サンメンバーズカントリークラブ
- 高村クリーニング
- 特別養護老人ホームいちの木
- 特別養護老人ホーム慶和荘
- 特別養護老人ホーム笛吹荘
- 富ノ湖ホテル株式会社
- 登り坂石油株式会社
- 三菱電機株式会社
- 東日本開発株式会社
- ファナック株式会社
- (有)アサヒメディアサービス
- (有)山岸旅館
- 渡辺整形外科
- 自衛隊
- (株)ディスペンパックジャパン
- 佐川急便株式会社
- (株)フリート
- (株)メガネスーパー
- (株)プログレス
- 富士ピュア株式会社
- 特別養護老人ホーム もりの郷など
抱き続けたプロ野球選手という夢を実現。
精いっぱいやった高校3年間は、夢への助走でした。
杉田 勇さん
福岡ソフトバンクホークス チームスタッフ
(1991年度卒業)
小学校のころから持ち続けてきたプロ野球選手という夢。高校時代もその夢を胸に野球部でボールを追い続ける日々を過ごし、卒業後は夢を実現し、広島東洋カープに入団しました。当時の福岡ダイエーホークスへの移籍を経て10年間の現役生活を続け、その後福岡ソフトバンクホークスのチームスタッフとなり、今年で9年目。私の人生は野球一色です。
小学生のころから、テレビで野球中継を見ていても「自分はこの世界で野球をやるんだ」といつも思っていました。その思いは高校生になっても変わることはなく、それまで富士学苑からプロ野球選手になった人はなく、甲子園にも出られませんでしたが、迷うことは一度もありませんでした。
口にこそ出しませんでしたが、高校3年間はその一つの思いを抱きながら精いっぱいやりました。今思えば厳しい練習でしたが、キツイと思ったことはありませんでした。高校時代は野球の技術はもちろん、精神的にも自分を成長させてくれた大事な3年間です。
野球をはじめ、何事も信念を持ってやることが大切だと思います。結果が出なくてもいい、やるからには信念を持つこと、そして楽しむこと。そうすることが自分の成長につながっていくと思います。

日本代表の座を勝ち取れたのは、
富士学苑での必死な3年間があったからこそです。
佐藤 梓さん
H22年度女子U-24ユニバ日本代表
拓殖大学 商学部経営学科3年
(2007年度卒業)
今年3月、バスケットボール女子ユニバーシアードの日本代表に選ばれ、さらに練習に打ち込む毎日を送っています。
大学のバスケ部は練習量がとても多く、3年生になってやっと慣れてきました。ここでも富士学苑と同様、バスケだけやっていればいいのではなく、授業は必ず出席し、勉強もしっかりやるというのがあたり前で、日々、バスケに勉強にと奮闘しています。
かなりハードな毎日ですが、こうして頑張っていられるのも、やはり富士学苑で必死にやってきた3年間があったからです。バスケの技術面はもちろん、一生懸命がむしゃらに頑張る強い気持ちや感謝する心など、メンタル面で成長できたからこそ、今があると思います。また一緒に頑張ってきた仲間と、熱心に指導してくださった先生の存在も大きかったとあらためて感じています。
日本代表という新たな挑戦は、始まったばかり。気持ちも新たにさらに頑張っていきたいと思っています。どんな自分になりたいのか、目標に向かって何をすればいいのか、1日1日を意識して生活することで、その後の自分は変わっていきます。毎日を大切にし、日本代表としていい結果を残していきたいと思います。

自ら考え、行動する姿勢を育ててくれた高校時代。
だから恐れることなく、歩みたい道へ踏み出せました。
高根 透さん
防衛医科大学校1年
(2007年度卒業)
高校を卒業後、私立の大学の薬学部で1年間学びましたが、もともと志望は医学部だったことから、やはり学びたいのは医学だと再確認し、休学してもう一度医学部を目指すことを決意しました。それから1年間は予備校に通いながら勉強し、今春に志望していた防衛医大に合格することができました。
もう一度受験することに不安や怖さを感じることはありませんでした。それは高校時代に、勉強に対する恐怖心を感じることがなかったおかげだと思います。特進Aは勉強を押し付けることは一切なく、自ら考えて勉強する姿勢を育ててくれました。勉強を楽しむというこの姿勢があったから、自分が本当に進みたい道に一歩を踏み出すことができました。
予備校に通っていた夏休みは、時々高校に顔を出しては後輩や先生と話をしました。受験の話より何気ない世間話が多く、懐かしい空間での他愛ないおしゃべりは息抜きとなり、たくさんの元気をもらいました。
念願の医学部で学んでいる今、やりたいことをやっているという充実感のある毎日を過ごしています。まだ踏み出したばかりですが、この道をしっかりと歩み続け、夢に向かって前進していきたいと思います。


